鑑定士のひとりごと

遺伝子検査

昭和52年11月、新潟の新潟市で北朝鮮の工作員によって横田めぐみさん(当時13才)が拉致されて38年余りが経過する。ほぼ同じ時期に拉致された曽我ひとみさんや蓮池かおるさんなど数名は平成14年に無事帰還することができた。しかしながら未だ大勢の拉致被害者はその後の消息が不明のままである。帰国を待ちわびる家族はだんだんと高齢化し心身ともに極限の状態だろう。決して風化させてはならず一刻も早い解決を期待するが遅々として進まないのが現状である。家族の思いを察するに余りある。以前に北朝鮮は、「横田めぐみさんはすでに亡くなった」といってこれがめぐみさんの遺骨だと言って日本に送り届けてきたことがあった。国内でその遺骨を遺伝子検査したところ、めぐみさんのものとは異なるということが判明した。明治、大正の時代であれば遺骨で本人を確定するということは不可能であったが現在の科学技術ではそれが可能なのである。北朝鮮のやることの稚拙さ、お粗末を通り越して怒り以上に呆れてものが言えない。

因み遺伝子検査とはDNAの情報を読み取りガンなどの病気のリスクや体質などの遺伝的傾向を知る検査のことをいうのだそうだ。検査の結果自分の体質を科学的に知ることにより自分が罹りやすい病気を未然に防ぐように自己努力することができる。遺伝子情報は基本的に変化しないということなので一度検査を受ければ再検査不要ということだ。最近の犯罪捜査でもこの遺伝子検査が犯人特定のための重要なツールとなっている。未然に病気を防ぐことにより罹患者が減れば医療費の削減に繋がる。しかしながら物事には何でも長所もあれば短所もあり裏があれば表もあるというのが一般的である。この遺伝子検査も1つ間違えれば大きな社会問題を孕んでいる。生まれてこようとする胎児の遺伝子診断の名のもとに、先天性の病気が見つかった場合、中絶するということも起きかねない。優勢保護の名のもとに人間が人間の尊厳を踏みにじり生殺与奪の権を握る。生活のため、あるいは経済的な理由で泣く泣く中絶する場合はあると思う。社会に不必要な人間、生まれてくる前からそんなことそんなことを決める権利が誰にあるのか。いろいろな人間がいて多様性があるからこの世は面白いのだと思う。生まれてくる前から不要な人間などこの世にはいないはずだ。

26歳の若さで自ら短い生涯を閉じた夭折の詩人、金子みすゞの詩にこんなのがある

 

私と小鳥と鈴と

わたしが両手をひろげても、おそらはちっとも飛べないが

飛べる小鳥はわたしのように地べたを早く走れない

わたしが体をゆすっても、きれいな音は出ないけれど

あの鳴る鈴はわたしのようにたくさんの歌は知らないよ

鈴と小鳥とそれからわたし、みんな違ってみんないい

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