鑑定士のひとりごと

オウム・サリン事件、一つの区切り

オウムとその時代背景

法務省は7月6日午前,オウム真理教元代表、松本智津夫死刑囚(麻原彰晃,63)と元幹部6人の死刑を執行した。

教団の前身は「オウム神仙の会」という84年に設立されたヨガサークルである。

1984年と言えば昭和59年である。

小生はその時32歳、鑑定士事務所を開業する1年前である。

麻原は小生より3歳年下のほぼ同年代である。

日本航空123便、羽田発、伊丹行きのジャンボジェット機が群馬県御巣鷹山に墜落し乗員乗客合わせて524名中520名が亡くなったのが1985年(昭和60年)の8月12日だ。

歌手の坂本九さんも犠牲になった乗客の一人だった。

翌年の4月にはソビエト連邦(現ウクライナ)のチェルノブイリ原発での原子炉暴走、爆発事故による大規模な放射性物質の放出により約7万人が被曝し、15万人もの周辺住民が長年住み慣れた自宅へ戻ることができなくなったといわれている。

当時もそうだが東日本大震災後の大津波による福島原発事故をはじめ、想定外という名のもとに人智を超えた災害、人災?がその後も後を絶たない。

あまり意識しすぎるのもどうかと思うが、われわれは一見、平和、平穏そうな日常に見えるが、一瞬先どんな不幸、災難に出くわすかもしれない中で生活をしているというのが実情なのだろう。

毎日を平凡にそんな危機意識も持たずに生きているというのが自分も含めて大方の人間だと思う。

しかしながら、生きるということを真剣に考えれば考える人ほど、行く末の人生に不安を感じるというのも一般の人の大方、共通した認識ではないだろうか

 

世の中を震撼させた数々の事件。

オウムによる世界を震撼させた地下鉄サリン事件は1995年(平成平成7年)、地下鉄霞が関駅を通る日比谷線、丸ノ内線、千代田線の車内で猛毒サリンを散布したことに始まる。

13人が死亡、6000人以上が負傷した。未だに後遺症に悩んでいる人が大勢いる。

漠然とした社会不安はいつの時代もあり,オウムに似たような事件も過去いろいろとあったように思う。

古くは江戸時代初期の軍学者、由井正雪も旗本、藩士、浪人などを集めて軍学を教えていたがその名声は日ごとに高まり正雪のもとには多くの信奉者が集まったという。

1651年、彼は幕閣批判と旗本救済を掲げ、丸橋忠弥らと浪人を集め幕府の転覆をはかろうとしたが計画が事前に露見し儚く自刃した。

1970年(昭和45年)、よど号、ハイジャック事件を起こした赤軍派は国内の非合法闘争を継続していくためには海外の拠点が必要と考え民間人が多数乗った航空機を乗っ取り海外へ亡命したという事件もあった。

総括という言葉が一時流行語にもなった浅間山荘事件も赤軍派である。

イスラム国、アルカイダなどの無差別テロも一種のオウム現象といえなくもない。

オウムによる数々の事件は将来をまじめに考え過敏に反応した、麻原をと取り巻くごく少数の有能な若者が麻原彰晃という人間を一種のカリスマと見立て信奉し、常軌を逸する過激な行動へと突進していったのだろう。

オウムがマスコミに取り上げられるようになったのは今から約30年前、不動産バブルに一部の人間を中心にしてだが世の中が浮かれていた時代でもあった。

小生の住む松山市の中心商業地である大街道、銀天街商店街でも当時は1坪で1500万円とか2000万円とか言っていた時代である。(因みに現在は1坪200~300万円ぐらいか)

その後バブルがはじけ不良債権処理をはじめ、社会全体が言いようもない不安の中で混とんとしていた時代でもある。

大都会というジャングルの中で人生の方向感が定まらない時代に敏感な若者のハートをオウム(麻原)は捉えたのだろう。ヨガ道場として麻原が登場し、僅か5年後には信者1万人を擁する宗教団体になっていたというのである。

麻原が自己の力を過信し有頂天になったとしてもおかしくない。

 

麻原はなぜ武装化したのか

麻原は武力によって当時の閉塞感漂う?社会をリセットし宗教主義社会?を創ろうとしたらしい。

考えてみるとオウム事件も麻原を中心としたごく少数の側近たちが自分たちの教団(教祖麻原)を守るために国家権力、警察、果ては一般社会をも敵に回した。

最初は麻原の思想,主張から始まったのは確かだろうがいつのまにか麻原を忖度する中で誰彼が言い出したとかという問題ではなく麻原を中心とした側近たちは後戻りしたくても自分からは言い出せず、引くに引けなくなり、集団ヒステリー状態の中で1989年の坂本弁護士一家殺害事件や1994年の松本サリン事件、そして1995年にあの地下鉄サリン事件は強行されたというのが本音ではないかと自分は勝手に想像している。

一連の事件を起こす前の麻原彰晃を物珍しく取り上げたメディアにも多少の責任があるのかもしれない。

 

オウムに似た事件は今後も続く?

今の時代はインターネットの闇サイトで自殺願望、殺人願望の人間を集めることができるという陰湿で怖い時代でもある。

イスラム国の拠点であったイラク北部のモスルをアメリカ軍が攻撃し、殲滅したかに見えたが結局のところモスルにいたテロリスト達はアフリカをはじめ世界各国に散らばった。

結果としてテロの脅威が世界各地にばらまかれた様なものだ。

特に今の時代は暴力を暴力で抑え込もうとしても所詮無理というものだ。

オウムにしてもその後、オウム自体は解散したがアレフとかに名前を変え一部は未だ麻原を崇拝しながらひっそりと活動しているという。

「災害は忘れたころにやってくる」といったのは高知県出身の物理学者、寺田虎彦であるが「世の中を震撼させる大事件も油断して忘れかけたころに引き起こされる」ものだろう。

人種差別は長い年月をかけて世界中でかなり解消してきたと思うが貧困問題はなかなか解消には程遠い。

また貧富の格差は年々拡大し続けており不満が充満しているように思う。

他人をうらやむことはない、幸福感は各人各様の心の持ち様とも思うが日本中の、世界中の人々が公平に幸せになるというのは現実社会の中では所詮無理なのだろうか。

人種、貧困、貧富、教育格差など、こうした問題が根本的に解消されない限り日本をはじめ世界のどこかで個人、集団でのテロという地雷がいつ爆発してもおかしくない。

 

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