鑑定士のひとりごと

過疎と過密

 

明治維新

明治生まれの俳人、中村草田男の句に「降る雪や明治は遠くなりにけり」という有名な句がある。

1868年が明治元年だから今年は明治維新からちょうど150年目にあたる。

明治維新と言えば1836年(天保6年)に生まれ、薩長同盟の成立に尽力し海援隊という日本で最初の株式会社を設立し京都の旅館、近江屋で新選組に襲われ31歳の短い生涯を閉じた維新の立役者の1人でもある坂本龍馬。

竜馬に先立つこと6年、1830年に生まれ1859年、29歳の時、安政の大獄に連座し短い生涯を遂げた吉田松陰。

松陰と同じ長州人で1839年に生まれ、幕末に尊王攘夷の志士として活躍、奇兵隊を創設し長州藩を倒幕に方向付けた高杉晋作。

彼は1867年、これまた僅か28歳で亡くなっている。

竜馬も松陰も晋作も明治維新を迎えることなくいずれも30歳前後でこの世を去っている。

江戸時代の長い鎖国政策が続き閉塞感が漂う中、諸外国からは開国を迫られる。

また二百数十年続いた江戸幕府も制度疲労を起こしかけていた。

日本中が深い眠りから覚め、世の中は騒然としてきたのである。

そうした明治維新前後の混とんとした時代、この時代には30歳前後で日本の行く末のことを真剣に考え命がけで生き抜いた人が大勢いたということだ。

若いころ小生も司馬遼太郎の幕末時代を背景とした本をよく読んだものだ。司馬遼太郎の小説により世に知られることになった、あるいは地方区から全国区へと名前が知られることになった維新の志士は数多い。

 

明治以降の人口動態

その後大正、昭和、平成と元号は移り変わり、来年は現天皇が存命のまま皇位継承を行いそれに伴い改元するということだ。

デジタル社会が進む中で混乱することなくスムーズな改元が行われてほしいものだ。

話は変わるが今から遡ること120年前の明治30年には日本の人口は約4200万人だったといわれる。

我が国における人口のピークは2005年(平成15年)でこの時の人口が1億2760万人ということだからこの間に日本の人口は約3倍になったということになる。

人口の急激な増加の理由は明治以降、農業生産力の増大、工業化で生産性が高まり、経済が発展することによる国民所得の向上と生活の安定、保健、医療など公衆衛生水準の向上等、様々な要因があろう。

その後も第2次世界大戦による社会、経済の混乱もあったが1947年(昭和22年)のベビーブームと未曽有の高度経済成長を享受し人口は着実に増加を続け2005年にピークを迎えたということである。

それに引き換え現在は少子高齢化を迎へ人口は減少する時代に入った。

今後どの程度人口が減っていくのかは今後の国の政策、国民の意識、社会経済状況等により明確ではないがあるシンクタンクによると100年後には今の3分の1ぐらいになるのではないかということである。

要は明治30年ごろの人口に逆戻りするということである。

あながち絵空事でもあるまい。

そういうことで今回は人口減少社会に確実に入った我が国の地方(過疎に悩む)と都市(一般的に過密という問題を抱える)について少し考えてみる。

 

過疎とは

大辞林では非常にまばらであること。特に農山村の人口が極度に少ない状態をいう。

またブリタニカ国際大百科事典では開発の遅れた農山村において急激な離村、離農現象が進展した結果、地域住民の生産と生活の諸機能が麻痺し生活の秩序が破壊された状態をいうとある。

過疎の中の大きな問題として限界集落の問題がある。

限界集落とは人が集まって居住している小規模な集落が少子高齢化と同時に過疎化し労働力や生活の維持管理能力を失っていくことで、共同体としての機能が限界に達している状態の集落のことで一般的に65歳以上が人口の50パーセント以上を占める小規模集落をいうと定義されている。

限界集落という言葉は1990年(平成2年)ごろ高知大学教授であった社会学者の大野晃氏が提唱した。

2006年の総務省の調査によると全国の過疎地域、62,271集落のうち10年以内に消滅する可能性のある集落が422(0.7%)10年以降に消滅の可能性のある集落が加速度的に増加していくと予測している。

限界集落は空き家・空き地の増加を助長するうえ、また林業においても担い手の不足することにより適度な間伐がなされず、それにより荒廃していく山林は薄暗く樹木は枝どうしがけんかして樹木も太くならず地表面の植物も生育せず保水機能の劣化と共に表土が流出しやすくなる。

やがては山から河川を通じて海に流れ込むミネラルをはじめとする栄養分も海に流れ込まなくなり果ては漁業にも大きな影響を及ぼすことになる。

最近テレビを見ていると、都会から田舎へ移住するという番組に人気がある。

夫婦で工作や陶芸などの趣味に没頭したり、自家農園で栽培した有機野菜をカフェで出したり手打ち蕎麦屋を開いたりしているのを見ているほうとしては羨ましい気がする。

自分もやってみたいなという衝動に一時は駆られる。

しかし身近に何でもあるような生活を長年続けてきた人が田舎暮らしに憧れて行って果たしてどの程度定着するのか疑わしい。

まあやるとしても最初は町にある自宅と田舎の両方と行ったり来たりする生活なら何とかできそうだ。(個人的には小生が移住するとしたら中山間地より漁村か海辺に近いところがいいが)

 

過疎から脱却の試み

新潟県十日市町池谷集落は奇跡の集落と呼ばれ新潟中越地震による廃村の危機から当集落の魚沼産コシヒカリを「山清水米」というネームでブランド化し2007年には「地域復興デザイン策定支援事業」の指定を受けボランティア、農業研修、地域おこし協力隊員や移住者の受け入れも積極的に行っているということだ。

 

兵庫県篠山市丸山集落では篠山城の城下町として歴史ある古民家に宿泊することで農家が主体であった頃の「日本の暮らし」を体験できることを売りにして2008年に国交省のコミュニティ創生支援モデル事業や兵庫県の小規模集落元気作戦のモデル事業に採択され活性化を図っている。

 

島根県海士町は「まち、ひと、しごと創生法」に基づいて海士町創生総合戦略「海士チャレンジプラン」を策定し産業創出、都市交流、教育改革に取り組んでいるということだ。過疎から脱却した成功例がある反面周辺の地域ではその成功した集落に人が引き寄せられますます過疎化が進むという影の面も窺える。

なかなか全体を上手く改善していくということは至難である。

この問題は今に始まったことではない。

少子高齢化の予測は過去何十年も前から懸念され、対策を打たなければ大変なことになるということは言われ続けてきたことである。

 

過疎化に対する一提言

私見であるが限界集落、消滅寸前の集落を集約していくということを試みてはどうか。

少子高齢化が進んでいく中で日本中のすべての集落を維持していこうとすること自体無理があると思う。

したがって2~5ぐらいの集落の住民と行政とがよく話し合って一つの集落に時間をかけて集約していく努力をしてはどうか。

限界集落を自然消滅するまで放っておくということもあるが人がそこに居住している限り社会インフラも必要となる。

土砂災害の危険に限らず、街から集落に行くまでの道路は意外に距離があり蛇行しているうえ狭隘で、落石や倒木も頻繁に起きるはずである。

その都度行政は早急な対応を迫られる。

そうした維持管理コストのこと、住民の生活の安全、安心の確保の点からを考えてみても集落の集約は意義があると考える。

大雨での土砂災害は日本列島の中で大小合わせて年間約1000件も起きているといわれている。

長年住み慣れた我が家を離れるということは年を取るほど難しいということも理解できる。年寄りをいきなり街中に引っ越させることは年寄りのメンタルの面からみてもコスト面、環境面からいっても相当無理があると思う。

親を街なかの住む娘や息子が引き取って面倒を見る場合、面倒を見やすいような環境づくりをしてはどうか。

例えば、子供の住んでいる近くの老健施設に入る際には行政がある程度補助金を出すとか。街に住む子供が親を近くで安心してみられる環境を作ることが必要だ。

親と同居することにより経済的に不安を抱える家族には行政からそれなりの経済援助も必要だろう。

介護、福祉などのマンパワーも充実させる必要がある。

経済合理性だけの問題ではないと思うが道路の補修などいたずら?に限界集落を維持管理していく費用より経済的なのではないか。

この際、将来の社会環境の在り方を考えるうえでも一考の余地がありはしないだろうか。

 

過密とは

デジタル大辞泉によると

込みすぎてすこしのゆとりもないこと。また、そのさま

特に人口、建物がある地域に集中しすぎていること。また、そのさま

ブリタニカ国際百科事典によれば

過度人口以上の人口が集中した状態をいう。しかしどの程度であれば適度人口であるかという計算は極めて困難でありその意味では学問的に極めてあいまいな言葉と言える。

一般には人口集中の激しい大都市などについて用いられる。

人口集中が過ぎると住宅問題、公害問題、交通問題などの弊害が起き過密な印象を与えるとある。

急速な人口減少社会であるはずの日本においても東京、大阪、名古屋などのように人口が過密となっている地域がある。

東京の隣県、埼玉県わらび市の人口密度は東京都の特別区よりも少ないものの市町村では全国1位で1㎢あたり14000人強となっている。

主な原因は都会との接近性の良さや相対的に家賃が安いということもあり外国人の居住が近年大きく増加しているということだ。

反面、従来からの地域住民と外国人との間でゴミ出しルールや騒音などでとかく問題が生じてきていることも事実らしい。過密の抱える1つの問題でもある。

 

限界都市

日経新聞、3月21付けの朝刊第一面に限界都市とタワーマンションについての論説が掲載されていた。

それによると従来の古い建物の密集地を官民共同の市街地再開発事業により補助金が出るというインセンティブも働きタワーマンションを伴う事業は90年代前半の15%から2016年~20年は5割近くまで増えたということである。

タワーマンションとは特に国が定めた定義はないが一般的には高さ60メートル以上で20階建以上のマンションをいうらしい。

補助金はマンションの区分所有部分には出ないが既存建物の取り壊し費用や公園などの共用スペースの工事費が対象ということだ。

それでもこの補助金で結果的に分譲価格を下げやすくすることができ、開発費用を回収しやすくなることは事実だ。

総事業費に占める補助金の割合は概ね2割程度ということだ。

補助金という名の税金を使って街が再開発され街が住みよくきれいになり近代的な都市としての機能を発揮することはいいことではある。

しかしそれにより大規模なタワーマンションがあちこちにできることで局所的な人口増による弊害も出てきている。

中央区は人口が97年度の約7万人から15万7千人まで増加したが小学校の児童数がこの10年間で約4割増え教室が不足しているということだ。

また都市部を中心とした保育施設の不足や保育士の不足により認可保育園の入園を希望しながらも入ることのできない待機児童の問題もある。

少子化問題を解決する以前の問題である。

またこの10年間に10棟以上のタワーマンションが建った川崎市中原区では人口が15%増え、中心の武蔵小杉駅では朝の通勤混雑時に改札手前で長蛇の列ができているということだ。

過密都市の問題を端的に指摘している。そうした都会も高齢化が進み東京も25年には人口のピークが来るという。

またピカピカのタワーマンションの建設が加速するそばで空き家が目立つ老朽化したマンションが増え続けるという現実もあると記事は指摘している。

地方では若者が都会に出て行ったまま戻ってこない。

地方に残るのは年寄りばかりで高齢化、後継者不足で地場産業や地域の行事などが確実に衰退している。

都会は過密の中で保育所、学校などの施設の不足、人が多いことによる生活の不便さを感じている。

また高度成長期に建てられた数多くのマンション群が老朽化、空き家化しこのまま放っておくと地域ごとゴーストタウンになるかもしれない。

今後の急速な人口減少社会現象は過疎化に喘ぐ田舎だけでない。

日本が過密都市の中で今までに経験したことのない都市部の影の部分が今後大きくクローズアップされていくのだろう。過ぎたるは及ばざるがごとしということか。

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