鑑定士のひとりごと

定年延長

小生は昭和27年5月生まれの只今65歳と9か月になった。

昨年から厚生年金を貰っている。思い返せば昭和49年に不動産鑑定士第2次試験に合格し、翌年の昭和50年春、大学卒業と同時に不動産鑑定会社に入社し実務を勉強しながら第3次試験にも合格した。

その後結婚、3人の子供にも恵まれ10年間の会社勤めを経て、昭和60年3月に不動産鑑定会社を立ち上げ独立開業し細々ながら32年が経過した。従ってトータルでこの業界に身を置いて早いもので42年になる。

50歳のころには還暦を迎える60歳頃にはリタイヤして自分の好きな旅行などをして生きていければいいかなと漠然と思っていた。

そうは思っていたもののサラリーマンをしていた長男が突然、不動産鑑定士になると言い出した。そして長男は小生が60歳になる前に不動産鑑定士試験に合格したのである。

後継者ができた訳である。

お蔭?で未だリタイヤすることもなく午前9時ごろ事務所に出て、新聞を読み11時ごろには繁華街まで15分程度歩き、早めの昼食を食べる。

昼食後は喫茶店でコーヒーを飲みながら好きな本を読み、午後2時過ぎに事務所に帰り、夕方に5時前には事務所を出てスポーツクラブに行き汗を流すというのが目下の小生の日常である。

考えてみれば今の状況は、まあ半分リタイヤしているようなものである。

そういうことで毎日、心身ともに健康に過ごさせてもらっている。

早めにリタイヤしても経済的に余裕もあり、自分で何かほかにやりたいことがある人はそれなりにやればいいと思う。

しかし殆どの人はリタイヤ後、暇を持て余し元気な間は働くところがあれば働きたい、自分の才能を生かしたいというのが本音だろうと思う。

小生の子供のころは60歳位の人を見ると大抵はおじいさんという感じが確かにしたが今の60歳はおじいさんという感じは全くと言っていいほどしない。

子供の時と違い自分がその年齢に達したから鈍感になったことも一因だと思うが確かに今の60歳台は元気いっぱいだ。

60歳はまだまだ元気に働ける、能力もあるということと企業も人手不足が目立ってきたということそれから現場の技術の若手への継承という意味もあって最近は定年延長を考える企業が増えてきた。

当然といえば当然の成り行きだろう。

かつて日本では戦前の不況で人員を抑制する為、労働者が一定の年齢に達すると雇用関係が終了する定年制が普及したとされる。

定年の年齢はかつて55歳が主流だったそうだが1986年に施行された高年齢者雇用安定法で60歳定年が努力義務になると定年を60歳に引き上げる企業が相次いだといわれる。

その後、2013年に施行された改正高年齢者雇用安定法では60歳定年後も希望者全員を雇用することを企業に義務づけた。

こうした動きは2025年までに厚生年金の受給開始年齢を61歳から65歳に引き上げるということも背景にはあるのだろう。

2月14日の日経新聞、朝刊を見ると定年延長し、尚且つ従来の報酬の8割程度を雇用継続後も維持しようとする企業が相次いでいるという記事が一面に大きく報道されている。

これは実質的な賃上げということで国民の消費喚起、ひいてはGⅮPの増加、経済成長にも繋がる訳で安倍首相としては嬉しい筈だ。

これは60歳以上の限定お手盛り賃上げの感、無きにしも非ずだが・・・。

しかしながら少子高齢化時代にかなった政策であるといえる。

日経新聞の記事によると明治安田生命保険は2019年4月から給与水準を現役時の8割程度を維持し、管理職機能も担ってもらうということらしい。ホンダや野村証券などはすでに定年延長制度開始している。

従来から再雇用制度というものがあるにはあったが報酬もそれまでよりも相当下がり、単年度契約(主に1年)の窓際族というイメージが強く働く方もモチベーションが上がらなかったということだ。

米国では航空機の操縦士など特定の業務や一定額以上の年金を受け取れる者を除いて定年が禁止されている。

英国も2011年に定年制が廃止され、フランスは原則、定年は70歳ということだ。

欧米では定年は年齢差別だとの考え方が強いらしい。

そうしてみると定年延長は時代の大きな流れだ。

ただ定年延長は反面、現役世代から見ればいつまでたっても社内に舅、姑がいるみたいで自分の天下がなかなか回ってこないという不満につながる。

現役世代もいずれ通る道であるがなるべくそうした弊害が生じないよう工夫することも考えて制度を進めてていかないといけない。

Return Top